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勿来関跡
勿来町関田地内 「吹く風を勿来の関と思へども 道もせに散る山桜かな」 源 義家「来る 勿れ」という歌枕で知られる文学上の関。文武両道の史跡として訪れる人が絶えません。
差塩三十三観音
西国三十三観音を模した霊場・良々堂山。約180年前、独国和尚が岩屋の中に堂を設け延命地蔵を祀ったことからこの地を霊山する。弟子の無涯が西国三十三観音の堂下の土砂を持ち帰り、巨岩の下に埋め、文政4年(1821年)に良々堂山 … 続きを読む第1札所 北目観音
納経所折笠直彦氏電話番号0246-24-2842本尊如意輪観音アクセス(車)常磐自動車道いわきI.Cより約7キロ、車で約15分アクセス(JR)JR常磐線いわき駅下車 徒歩約30分第二札所 天津観音
納経所醫王寺電話番号0246-74-3512本尊十一面観音アクセス(車)常磐自動車道いわきI.Cより約8.5キロ、車で約15分アクセス(JR)JR常磐線駅いわき駅下車 小名浜行きバス 高専前下車 徒歩約15 … 続きを読む第三札所 童堂観音
納経所金成氏宅本尊十一面観音アクセス(車)常磐自動車道いわき中央I.Cより約5キロ、車で約10分アクセス(JR)JR常磐線駅いわき下車 八仙経由小名浜行きバス 共立病院前下車 徒歩約10分第四札所 吊るしの観音
納経所願成寺電話番号0246-26-3079本尊聖観音アクセス(車)常磐自動車道いわき湯本I.Cより約7キロ、車で約15分アクセス(JR)JR常磐線駅いわき駅下車 川平行きバス あみだ堂下車 徒歩約5分勿来関
勿来関(なこそのせき)。「来る勿れ(くるなかれ)」の意。昔から歌に詠まれた地で、「白河の関」「念珠が関」とともに“奥州三古関”のひとつに数えられる。松林の中にある関跡に昔の面影を残し、ただひっそり … 続きを読む波立薬師・弁天島
海から突き出た弁天島と、朱塗りの橋がシンボルの「波立海岸」。玉砂利の珍しい海岸で、その小石を持ち帰ると目を患うという伝えがあります。 アクセス 常磐自動車道 いわき四倉I.Cより約7キロ・車で約15分 問い合わせ先 い … 続きを読む
御代の大仏
光西寺の露座の銅造阿弥陀如来坐像で、1767年(明和4年)に作成された江戸時代の作としては秀逸のもの。通称「御代の大仏」と呼ばれている。 市指定有形文化財(彫刻) 銅造阿弥陀如来坐像 昭和43年12月27日指定・総高 … 続きを読む
内藤露沾の句碑・西行の歌碑
ハマエンドウやハマヒルガオが咲く波立海水浴場近くの広場に立つ内藤露沾の句碑、西行の歌碑。 ◆内藤露沾の句碑高さ 2.4メートル幅は 1.4メートル双葉郡浪江町津島の鍋石製 平成17年10月5日建立 「春の部」 八百日ゆく … 続きを読む
西條八十の詩碑
いわき出身の歌手・霧島昇が歌った「誰が故郷を想わざる」は西條八十作詞で、西條八十生誕110周年を記念し、詩碑をいわき市海竜の里センター駐車場脇に建立。この他にも久之浜第一小学校の校歌も作詞している縁から地元有志が実行委員 … 続きを読む小名浜代官所
江戸時代藩主・内藤家の別荘があった場所で、歴代藩主が休憩場所として立ち寄ったと言われている。俳人・内藤露沾も滞在中は小名浜八景などの句を詠んでいる。内藤家転封後は幕府領となり代官所が設けられ、1868年(慶応4年)の戊辰 … 続きを読む小名浜八景碑
俳人・内藤露沾が領内を巡り、風光明媚の地を選出した。平成8年7月14日に「虎山の晩鐘」の地・浄光院の住職や檀家によって建立された。 小名浜八景 諏訪の晴嵐 神垣や人の心も春の風 綱取の秋月 明月や綱取浦は波のはな 岬の帰 … 続きを読む
いわき七福神 −毘沙門天−
大同2年(807)に徳一大師により開山され、天和元年(1681)に林城禅長寺の末寺から妙心寺派へ変わる。毘沙門天は作者・年代共に不明で、本堂に祀られている。 ※いわき七福神会事務局 龍光寺 0246-82-3003 … 続きを読む
いわき七福神 −弁財天−
大同元年(806)に徳一大師によって小久村の堂ケ崎に開山し、建長7年(1255)に北条時頼が中興開山となり、現在地に移転したお寺だといわれている。弁財天は北条時頼が開創のおり、北条家の祈願道場であった江ノ島弁財天より勧請 … 続きを読む
いわき七福神 −恵比寿−
大同元年(806)に徳一大師によって開山され、磐城三薬師の一つに数えられる。恵比寿像は作者・年代共に不詳で、本堂内に安置されているので、一声かけてからお参りするとよい。 ※いわき七福神会事務局 龍光寺 0246-82-3 … 続きを読む
いわき七福神 −布袋尊−
天文20年(1551)に鎌倉・長建寺第173世用林顕材禅師によって開山され、元禄年間(1688〜1703)の頃に妙心寺派に転派する。布袋尊は江戸時代の作と伝えられており、嘉永6年の本堂火災時にも焼失を免れており、本堂内に … 続きを読む
いわき七福神 −福禄寿尊−
健長5年(1253)に大覚禅師によって開山されてたと伝えられている。福禄寿尊は本堂内に祀られているので、一声かけてからお参りすると良い。 ※いわき七福神会事務局 龍光寺 0246-82-3003 “̶ … 続きを読む
いわき七福神 −寿老人−
大同元年(806)に徳一大師によって開山されたと伝わっており、建治元年(1275)に建長寺派の痴鈍空性大和尚が中興開山している。寿老人は作者・年代共に不明で、本堂に祀られている。 ※いわき七福神会事務局 龍光寺 0246 … 続きを読む
いわき七福神 −大黒天−
至徳元年(1384)、天心大和尚が内郷御厩に開山し、2度の移転を経て現在の場所となる。「きのえね大黒天」は安永4年(1775)の作で、境内の大黒堂に祀られている。 ※いわき七福神会 事務局 龍光寺 0246-82-300 … 続きを読む窪田館
1622年に内藤政長・忠興親子が磐城へ入封の際、政長の女婿である土方雄重に2万石をが与えられたことからはじまる。1883年のお家騒動後は幕府の直轄地となり、陣屋は廃藩置県に至るまで存在した。 “” … 続きを読む泉城跡
内藤忠興が弟・内藤政晴に2万石を分与したことにはじまり、1634年に立藩。奥羽越列藩同盟に加わるが、敗北し要塞としての機能を失い、1872年に建物および敷地は民間に払い下げられた。 “” アクセ … 続きを読む湯長谷館跡
内藤忠興が隠居した際、次男・遠山政亮を分家し1万石を与えたことからはじまる。1677年に湯長谷に6、000坪の屋敷と家臣屋敷を構え、1741年に磐城平藩・内藤政樹が日向国延岡に転封となり、磐城で三藩に分立した内藤氏は湯長 … 続きを読む磐城平城跡
鳥居忠政が父・元忠の功績により徳川家康に磐城平10万石を与えられる。飯野平城に入封後、堅固さに欠くとして、飯野八幡宮が鎮座する赤目物見が岡に磐城平城を1603年に建立。石垣の石は小川・好間・赤井方面から自然石を運び、完成 … 続きを読む
飯野平城跡(大館城)
岩城常隆が1483年に飯野村に飯野平城を築き、いわきの政治・経済の中心地とし、戦国大名としての地盤をつくる。関ヶ原合戦後、岩城家は徳川家康の命により除封となり、鳥居忠政が入封したのち廃城となる。 “̶ … 続きを読む
勿来関跡
周辺は県立勿来自然公園に指定されており、白河の関(福島県白河市)・念珠ヶ関(山形県鶴岡市)と共に、奥州三関のひとつに数えられている。「来る勿れ」という歌枕で知られる文学上の関。 ※平成23年7月3日現在、見学可能です。 … 続きを読む
沼之内弁財天
境内には徳尼が安置したと伝えられている弁天様が祀られており、賢沼には、大鯉や国の天然記念物の大うなぎが生息している。 ※平成23年7月3日現在、地震の影響により拝観はご遠慮いただいております。 復旧時期は未定です。 … 続きを読む
JRA馬の温泉
いわき湯本温泉の泉質といわきの温暖な気候が、ケガをした多くの優駿たちを競走に復帰させている競走馬専門の温泉。運動器疾患の治癒に大きな効果を上げている。 “” お問い合せ先 競走馬総合研究所常磐支 … 続きを読む
白水阿弥陀堂
岩城則道公の妻徳尼が夫の供養のために建立したといわれる、平安後期の代表的な阿弥陀堂建築。美しい曲線を描く屋根と浄土式庭園が調和した、優美な姿を見せてくれる。福島県では建造物として唯一国宝に指定されている。 国宝 阿弥陀堂 … 続きを読む