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勿来関跡
勿来町関田地内 「吹く風を勿来の関と思へども 道もせに散る山桜かな」 源 義家「来る 勿れ」という歌枕で知られる文学上の関。文武両道の史跡として訪れる人が絶えません。小名浜代官所
江戸時代藩主・内藤家の別荘があった場所で、歴代藩主が休憩場所として立ち寄ったと言われている。俳人・内藤露沾も滞在中は小名浜八景などの句を詠んでいる。内藤家転封後は幕府領となり代官所が設けられ、1868年(慶応4年)の戊辰 … 続きを読む小名浜八景碑
俳人・内藤露沾が領内を巡り、風光明媚の地を選出した。平成8年7月14日に「虎山の晩鐘」の地・浄光院の住職や檀家によって建立された。 小名浜八景 諏訪の晴嵐 神垣や人の心も春の風 綱取の秋月 明月や綱取浦は波のはな 岬の帰 … 続きを読む泉城跡
内藤忠興が弟・内藤政晴に2万石を分与したことにはじまり、1634年に立藩。奥羽越列藩同盟に加わるが、敗北し要塞としての機能を失い、1872年に建物および敷地は民間に払い下げられた。 “” アクセ … 続きを読む湯長谷館跡
内藤忠興が隠居した際、次男・遠山政亮を分家し1万石を与えたことからはじまる。1677年に湯長谷に6、000坪の屋敷と家臣屋敷を構え、1741年に磐城平藩・内藤政樹が日向国延岡に転封となり、磐城で三藩に分立した内藤氏は湯長 … 続きを読む窪田館
1622年に内藤政長・忠興親子が磐城へ入封の際、政長の女婿である土方雄重に2万石をが与えられたことからはじまる。1883年のお家騒動後は幕府の直轄地となり、陣屋は廃藩置県に至るまで存在した。 “” … 続きを読む磐城平城跡
鳥居忠政が父・元忠の功績により徳川家康に磐城平10万石を与えられる。飯野平城に入封後、堅固さに欠くとして、飯野八幡宮が鎮座する赤目物見が岡に磐城平城を1603年に建立。石垣の石は小川・好間・赤井方面から自然石を運び、完成 … 続きを読む