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勿来体育館
●体育館 アリーナ 1、281?バレーボール 2面バスケットボール 2面テニス 2面(ナイターあり)バドミントン 6面卓球 18面 予約方法 いわき市公共施設予約案内システム http://yoyaku.c … 続きを読む波立薬師・弁天島
海から突き出た弁天島と、朱塗りの橋がシンボルの「波立海岸」。玉砂利の珍しい海岸で、その小石を持ち帰ると目を患うという伝えがあります。 アクセス 常磐自動車道 いわき四倉I.Cより約7キロ・車で約15分 問い合わせ先 い … 続きを読む勿来関
勿来関(なこそのせき)。「来る勿れ(くるなかれ)」の意。昔から歌に詠まれた地で、「白河の関」「念珠が関」とともに“奥州三古関”のひとつに数えられる。松林の中にある関跡に昔の面影を残し、ただひっそり … 続きを読む
金澤翔子美術館
平成24年1月2日に開設された日本で初めての金澤翔子の常設館。常設展示室には、温かさと躍動感に溢れる作品が一堂に展示されている。企画展示室(別館ギャラリー)では、金澤翔子の個性を季節ごとにテーマを持った企画展示を行う。和 … 続きを読む
御代の大仏
光西寺の露座の銅造阿弥陀如来坐像で、1767年(明和4年)に作成された江戸時代の作としては秀逸のもの。通称「御代の大仏」と呼ばれている。 市指定有形文化財(彫刻) 銅造阿弥陀如来坐像 昭和43年12月27日指定・総高 … 続きを読む
内藤露沾の句碑・西行の歌碑
ハマエンドウやハマヒルガオが咲く波立海水浴場近くの広場に立つ内藤露沾の句碑、西行の歌碑。 ◆内藤露沾の句碑高さ 2.4メートル幅は 1.4メートル双葉郡浪江町津島の鍋石製 平成17年10月5日建立 「春の部」 八百日ゆく … 続きを読む
西條八十の詩碑
いわき出身の歌手・霧島昇が歌った「誰が故郷を想わざる」は西條八十作詞で、西條八十生誕110周年を記念し、詩碑をいわき市海竜の里センター駐車場脇に建立。この他にも久之浜第一小学校の校歌も作詞している縁から地元有志が実行委員 … 続きを読む小名浜代官所
江戸時代藩主・内藤家の別荘があった場所で、歴代藩主が休憩場所として立ち寄ったと言われている。俳人・内藤露沾も滞在中は小名浜八景などの句を詠んでいる。内藤家転封後は幕府領となり代官所が設けられ、1868年(慶応4年)の戊辰 … 続きを読む小名浜八景碑
俳人・内藤露沾が領内を巡り、風光明媚の地を選出した。平成8年7月14日に「虎山の晩鐘」の地・浄光院の住職や檀家によって建立された。 小名浜八景 諏訪の晴嵐 神垣や人の心も春の風 綱取の秋月 明月や綱取浦は波のはな 岬の帰 … 続きを読む
いわき七福神 −毘沙門天−
大同2年(807)に徳一大師により開山され、天和元年(1681)に林城禅長寺の末寺から妙心寺派へ変わる。毘沙門天は作者・年代共に不明で、本堂に祀られている。 ※いわき七福神会事務局 龍光寺 0246-82-3003 … 続きを読む
いわき七福神 −弁財天−
大同元年(806)に徳一大師によって小久村の堂ケ崎に開山し、建長7年(1255)に北条時頼が中興開山となり、現在地に移転したお寺だといわれている。弁財天は北条時頼が開創のおり、北条家の祈願道場であった江ノ島弁財天より勧請 … 続きを読む
いわき七福神 −恵比寿−
大同元年(806)に徳一大師によって開山され、磐城三薬師の一つに数えられる。恵比寿像は作者・年代共に不詳で、本堂内に安置されているので、一声かけてからお参りするとよい。 ※いわき七福神会事務局 龍光寺 0246-82-3 … 続きを読む
いわき七福神 −布袋尊−
天文20年(1551)に鎌倉・長建寺第173世用林顕材禅師によって開山され、元禄年間(1688〜1703)の頃に妙心寺派に転派する。布袋尊は江戸時代の作と伝えられており、嘉永6年の本堂火災時にも焼失を免れており、本堂内に … 続きを読む
いわき七福神 −福禄寿尊−
健長5年(1253)に大覚禅師によって開山されてたと伝えられている。福禄寿尊は本堂内に祀られているので、一声かけてからお参りすると良い。 ※いわき七福神会事務局 龍光寺 0246-82-3003 “̶ … 続きを読む
いわき七福神 −寿老人−
大同元年(806)に徳一大師によって開山されたと伝わっており、建治元年(1275)に建長寺派の痴鈍空性大和尚が中興開山している。寿老人は作者・年代共に不明で、本堂に祀られている。 ※いわき七福神会事務局 龍光寺 0246 … 続きを読む